夜の光キリスト
   

今年は11月26日(土)の日没から待降節に入り、典礼的に新しい年の流れに入り、クリスマスに向かって歩み始めます。その最初の日曜日から教会は四本のロウソクを毎週一本ずつ、皆が回心の祈りを唱えているうちに灯します。それは、神様が人間のために設けられた救いの歴史、アブラハムの時から始まってその最高の救いの技であるお幼子の誕生する救いの準備の期間を思い起こすためです。しかし、その救いの歴史を記念する目的は、私たちが洗礼に於いてキリストの受肉の神秘を今の世代にもたらす使命を受けているという意識を高めるためなのです。あの夜、天使たちが羊飼いたちに、最初の人間(アダム)が神様の愛の計画に背いた瞬間からキリストのご降誕に至るまでの人類キャンドルのさまよいが間もなく終わると知らせたように、私たちが今の時代にも暗闇のなかにさまよっている人々に、同じメッセージを告げる使命です。恐ろしい暗黒の中にいても、少しの光があれば、つい最近タイ国を襲った災いのようなものが起こっても逃げる道を示す光のメッセージです。毎日のテレビ、または新聞のニュースを見れば見るほど今の社会、世の中はどうなるのかと思うことばかりです。命の尊重、人権、道徳感覚などがますます狂い、若者たちが、未来に対する希望を失い、社会と人のために生きる理想がなくなり、自分の顔と体を美しくする、自己満足などのために生きる他はないと思われる世の中になっています。
マリア様 今では、ほとんどのアジアの国々ではこの季節になると見事なイルミネーションが町中に飾られています。キリスト教を迫害する国でもそのようになっています。そして、その国は、聖具など何でも作成し(十字架、ロザリオ、馬小屋など)クリスマスを祝う国へ輸出しているのです。この幼子の降誕の意味を知ろうともせず、単なる商売をするために利用しているのです。神様の人類に対する最高の愛を示す、救いをもたらすこの神秘が、子供たちを喜ばせる手段、皆の一時的な気分転換の行事になってしまっているのです。
『私は世の光、道、真理である』と自称なさった主イエスは、神の平和、赦し、愛を闇の中にいる人々にもたらすために生まれました。クリスマスの本性は愛です。神が特に一番弱い、端に置かれている、見捨てられている、遠く離れている方々にこのお幼子の降誕によって平和、許し、無条件の愛を再び与えて下さる道が開かれました。身近な人や子供たちに、何か差し上げるのは悪い事ではありません。クリスマスツリーただし、クリスマスの真の精神、子供たちに示すべき教育は、プレゼントを貰うよりも与える精神なのです。己を忘れ、弱い、困っている人に神の愛を具体的な行動をとして与える心、精神です。今、闇の中に居られる多くの人々はこのような心を持っている人の現れを待ち望んでいるのです。世の闇を追い払うことが出来る唯一の光は、イルミネーションではなく、仲良しグループで楽しいパーティをするよりも、神様の無条件の愛を現す技です。今年こそ心を合わせて神の愛を現す技を持って幼子の到来を準備するようにしましょう。

   

「いと高きところには栄光、 神にあれ、地には平和、御心に適う人にあれ」