光の祭り 2008年12月
年中の一番日差しの短い日は12月21日です。日本の場合は冬の一番寒い時期がまだ先にあり、この暗い時期に日本は光の祭りとしてクリスマスを祝い、その後お正月の準備などに必死になって大変騒がしい時期です。私の故郷バッファローは日本よりもっと北にあり例年通りであれば既に真冬です。その地方では日の出る時間が近畿地方と比べればかなり少ない、雪が地面を覆っているし、寒くてたまらない毎日がはじまっています。とにかく冬は長くて寒いです。キリスト教が、はじめに北半球で大きく広がり、それぞれの文化の中に最初に根を下ろし、教会はそれぞれの民族に神様の救いの神秘の流れと完成をあらわすためにその地域の文化のしるしを使いました。例えばローマ帝国の人々は、太陽を拝み12月の25日にローマ中に松明を灯して光の祭りを祝いました。“今年も光が暗闇の広がりを止め、来年にも明るい未来が再び始まりますように”という祝いでした。ローマの市民の大半がキリスト教に改宗した時期にも関わらず、この祭りはまだまだ人気があって祝い続けられたので、教会はこの異教の祭りの意味を改めて、この世の暗闇に打ち勝った光であるキリストの現れの瞬間、彼の誕生の日に定めたのです。即ちその祭りの
意味を変えて、おおいに市民を喜ばせました。北の民族ドイツ人、スカンジナビア人は、木が神々を祭る聖なる場であり、その木に蝋燭か灯心をいっぱい飾って、神々の力で冬の厳しさから逃れることを願って祈る道具として使いました。教会がそこの地方に入るとエデンの園の木から人類の迷いが始まり、木が人類を闇の中に落とした道具であり、神様は更にゴルゴタ山の木(十字架)を通して再びご自分と人間との和解の道具となされ、この木によって世界の闇を追い払われた始まり、キリストご誕生の光のシンボルとして称えました。英国人は昔から歌うのが大好き、特に寒い冬に皆が集まって暖炉を囲んで歌い、歌いながら近所の人々の家を回って中に招待され、飲みながら歌いながら寒さと暗闇を忍ぶ習慣があり、キリスト教が入るとその寒い冬が始まるとキリストの誕生日を祝うために家から家へと救い主のご誕生の喜びを歌いながら巡って行く「クリスマスカローイング」の習慣に変わりました。その他の多くの例があり、サンタクロースはオランダの聖人と4世紀か5世紀の東アジアの司教の伝説をとり混ぜて多くの貧しい人のため、子供のために自分の財産を使って世話をしました。その伝説がアメリカに広がり今のサンタに切り替りました。2千年の歴史を経てそれぞれの文化がキリストの御誕生日を様々な方法で記念して祝い、世界的な祭りになりました。しかし今は欧米にしても、キリスト教者が少ない日本にしても、無神論主義、教会を迫害する中国にしても、その神秘の本心から遠ざけて商業化されて、販売企業に欠かせない道具みたいなものになっているのです。教会まで礼拝するために行かなくても、デパートへ買い物に行って子供の欲望をなだめることが当たり前の時代なのです。うわべばかりピカピカきらきらのイルミネーションに莫大なお金を使って、食べたり飲んだり、ホテルに泊まったりして楽しく、気持ちよく祝って子供たちを喜ばせ、厳しい冬と世の中の苦労を忘れるひと時に過ぎないものになったのです。母なる教会はこの世界、この冷たい、哀れみがない、自己主義、競争の激しい戦争に満ちた時代にもキリストは再びにお生まれになるのですと叫びます、あなたと私の貧しさの中に。「主は来られる、直ぐに来られるわれらに平和をもたらすために」の待降節が心に浮かびます。あなたの罪が許されます、心を回して(回心)神の愛の神秘に告解、和解の秘蹟を通して近寄り、更にキリストの愛の宴であるミサへ辿るように。偽るものに慰めを求めるのをやめ、この世の快楽とごまかしを遠ざけ、再びにこの偉大な神秘の本当の意味と精神に戻るように、今年も天使たちが叫んでいます、「天のいと高き所に神に栄光があれ、地上にある人々には平和」と。クリスマスツリーを飾って、サンタを求めて、ケーキを買ってプレゼントを配っても悪いことではありません。それぞれの民族が長らくそうしてこの記念すべき聖なる瞬間を祝ってきたのですから。だがその祝いの本性は違うのです。神の無条件の愛のかたどりであるイエス・キリストがこの世にお生まれになって更に、十字架に至るまで我らに神の愛の深さ、偉大さ、救いの力をあたえるためにキリストはご自分が宿る場を、今なおさらに探しています、あなたと私の家に。心を一つにして彼を受け入れましょう。
主任司祭 ハーン・フランシス神父 |